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2013/08/23

Ol' Dirty Bastard



ワンテンポ遅れている。ゼロコンマ単位で常にワンテンポ遅れている。その僅かなズレの連続性と間が融合する時、我々を特殊な快楽へと誘う。それがOl' Dirty Bastardたる所以である。私は後にも先にも彼の様な才能を持ち合わせたラッパーを見た事が無い。唯一無二とは正しくOl' Dirty Bastardの様な人間のためにある言葉である。

Ol' Dirty Bastard(以下ODB)は天才だった。存在そのものがインプロビセーションでありJAZZだった。個性溢れるWu-Tang Clan(ウータン・クラン)のメンバーの中でもその存在は突出していた。破天荒なその生き様はパンクでありキッズ達のハートをODBはしっかりと掴んでいた。近代音楽史において90年代は「空白の時代」だ等という言葉をよく聞くが彼を見ていると何を差し置いての空白だったのか問いたい。今、注目しているのは90年代まではっきり存在していた音楽と狂気が持つ異常な関係性と美意識が今の時代にはみじんも感じられないとう事、私が年を重ねてしまったからなのか今の音楽シーンに疎いからかはわからない。しかしここ最近の音楽シーンにはODBやカートコバーンが持っていた様な狂気を感じる事はなくなった様に感じる。才能はあれど保守的なミュージシャンが多く蔓延し、そつなく音楽をこなしている印象がある(音が凶暴なだけが狂気ではない)時代性と言ってしまえばそれまでだがODBのような天才は確実に今はいない。不安定な美しさが見ているこちら側までもハラハラドキドキするようなギリギリな次元のミュージシャンはもう永遠に出てこないのではないかとさえ思える。それくらい今の音楽界は落ち着いている(うまく整理されキチンと奇麗にまとまった塊の様だ)

ここに来て90年代が気になる最大の理由は「オリジナル」と呼べる「本物」が世界に出尽くした最後の10年だったという事実にある。彼等の特殊な才能をリアルタイムで追える事が出来たのはラッキーだったと今も思う。いかに音楽が優れたエンターテイメントであるかを彼等は身を持って教えてくれたし、体感できたからこそ今は確実に存在する。

とにかく後にも先にもここまでイカレタ(最上級の褒め言葉)ラッパーはなかなか出てこないだろう。90年代は空白の時代なのではなく確実に「波が荒れ狂った最後の不器用な時代」だったのではないだろうかと思う。マンネリと保守的な雰囲気に覆われた今の音楽シーンで新しい希望を見つけ出す事は難しい。Wu-Tang Clan(ウータン・クラン)やニルヴァーナの様な存在が世界に登場してきた時の強烈な衝撃を味わえる事は今後訪れないのかもしれない。





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